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柚の管理記録

2017-04-19

今週のお題「自己紹介」


 「あらためて、あなたのことを教えてください。」
 「わたしが何か分からないので教えてください。」
 おわり。

 というわけにもいかない季節がまたやって来たということだろうか。
 4月だし。
 個人的には、経験上嫌い(というか嫌?)だ。
 当り障りのないことを言えばこっちから、それっぽく言おうとすればあっちから文句を言われる時期があったため、正直何をしゃべっても自身を裏切り、場合によっては他者も裏切っている(言いがかりをつける者は○んでいいので無視する)ように思えて心が痛かったりする。
 要は何でできているのか分からない。
 はっきりしているのは、他者が定義できない名前ぐらいなものか。

 紹介、という意味を考えると、個人的に「介」の意味がよく分からない(なんでほとんどが「助ける」という意味であって、元の意味を成しているのは魚介類とかぐらいしかないのか、という意味で)ので放置するとして、「紹」は引き合わせるという意味で、結局「紹介」もよく似た意味である。
 とはいえ、その前に「自己」がついてしまうと途端に個人的なイメージとしては極端に限定されてしまうように思える。
 要は、かなりの割合で他者が設定した箱に放り込まれて行為を半ば強制されることから、「引き合わせる」という事実よりも「引き合わさせられた」という行為の原因に関する主体に目を向けてしまい、心が冷めてしまう。
 自らが自らを俎上にあげる行動体間において相対的な意味で自らを弱者認定することが常に前提であると考えるからということもあるが、もはやここでの「紹介」は引き合わせさられているのはいいとして、「介」の原義といわれる鎧をまとった人としてあたかもコロッセオにぶっこまれた奴隷の如く誰かの娯楽に供せしめんがために存在しているよ、さらに自分の手の内も持ってる武器も何もかもひけらかせよ、という意味なのかと思ったりしたものだ。
 自己弁護するとすれば、ペットにおいて環境変化した(例えば転居とか)場合、落ち着かせるためにしばらく1匹にしてやる、などという配慮がヒトには提供されないのは動物としての存在とその生存本能から来る行動を否定すんのか、とか思ったりする。
 とはいえ、それをやらないと社会的にどうしようもないのも事実で、どうでもいい。

 あらためまして。
 柚です。
 いつまでたっても実がならないので生産性はゼロです。
 でも、何も考えません。
 だって、植物だから。